9.20.2006

#011 人として

今、自分のなかで何かが変わろうとしている
自分は昔から先生にも友達にも恵まれてきた
人付き合いで悩んだこともない
今思うと自分の周りには「大人」が多かった
もちろん喧嘩もしたし言い合いもしてきた
そんな人生で学んだ事は、最後は「人」だということ
どんだけ話しても、話しても、話しても
伝わらないこともある
でもどこで自分が引き上げるかは
その「人」をどこで見極めるか、だと思う
だから時には見極め損ねることもある
そのために嫌な思いをしたり、傷つくこともある
でも人と付き合うことは、そもそも労力ありきなのだ
大事なことは
いつでも人付き合いをやめれてしまえる、こと
いつでも人を殺すことができてしまえる、こと
いつでも人を切ることができてしまえる、こと
その気になればできて「しまえる」ことが問題だ
そこに理性や人情や義務や責任らがあれば起きないことも
今は平気でそんなものが抹殺され、行われてしまう

人は、人として、人と生きる
そんな言われ続けていることが胸に響く

9.18.2006

#010 オープンハウス

今日(9/17)は先生のオープンハウスだった
前回、上棟式に伺わせてもらってから
どんな空間になっているか楽しみだった

某駅から数分
銀色のかわいい家が目に飛び込んできた
ガルバリウム鋼板を身にまとっている家だ
でもいきなり衝撃
玄関のドアが赤色!!!!
大の黒好きの先生からは想像し難い
2階部分の開口部は前面の駐車場へ開けられ
内部からは奥行き確保をお膳立てしている
18坪という条件のなか法規制や駐車スペースを
考慮すると自動的に3階立てが決定されるそうだ

空間構成はクロスヴォイドと呼ばれるもので
2階部分のL型からなる水平ヴォイドと
階段室からなる垂直ヴォイド
この交差により3次元的間取りを確保
階段室は、なるほど気持ちがいい
光が降り注ぎ、風が通り抜ける

最上階は子供室
3つの天窓の下には3人の子供室が置かれ
明るく気持ちがいい空間だった
月夜を見ながら勉強なんてこともできるかもしれない
屋上へでる階段はとても子供心をくすぐる

構造家や工務店とやり取りしたFAXもみせて頂き
とても勉強になった

とてもやさしい家で
なんか初心に戻れた

建築ってやっぱ、いいなぁ





9.16.2006

#009 都市のなかのコンビニ



最近コンビニが気になる
そもそも建築家はその建てる場所の履歴を
建築デザインの説明項として善くも悪くも使ってきた


しかしコンビニはその「場所」という概念が効かない
同じデザイン、ヴォリュームといったものが
都市に高い密度でもってバラまかれている
この事実はかなりおもしろい
それはコンビニは場所性がないため
今後あらゆる既存建物に寄生していく可能性がある
そんなことをふと、思った

9.15.2006

#008 告知

永山祐子展

09/02-09/25
10-17
prismic gallery



9.10.2006

#007 庭のモジュール

今日は青春18切符が一回残っていることもあり栃木へ
途中から友達の車で前から見たかった隈建築探訪

まず馬頭町広重美術館
自分も体験者だがあの阪神大震災で
倒壊したある蔵から発見された安藤広重の肉筆画が
馬頭町と振興があるという理由で持ち主が寄付した
そんなことから計画はスタートしたそうだ

日本画なる浮世絵という繊細で細くてソフトなものに
それに対する入れ物としての建築が
相対的に「どんな」弱さで答えたのか
そこを確かめたかった

外観の木製ルーバー
切妻からなる建物を地元産の八溝杉で覆っている
そしてそれは年月が絶つにつれ、変色していき隠蔽色へ
保護色ではないことがこの建築のスゴいとこだ
つまり、美術館自体が能動態的
快晴の日は美術館は「銀色」に輝く
その銀色は不気味なほど、収まりがいい
これが意図されていたかはどうでもよくて
この能動的弱さがとても新しいと感じた

建物の中を広重街道という広場が貫通している
それは国道から建物へ通じ、その先には森へ通じている
その中間に美術館は位置している
でも建物自体は格子状なので視線や風がはらりと抜ける
国道と森を分けるものではなく、ほんとに心地よく
両者をほどよく繋げてくれている
すごく歩いていて気持ちがよかった

内部の展示室も障子壁に浮世絵が浮いているように
飾られてあり見事だった
でも最後、右側に日本庭なるものが現れるのだが
なんか実に不快だった
だだっ広すぎて空間が泳いでしまっている
そして自然の森と植えた木々が混在している
この2点が自分は不快に思ったのかもしれない

最近思うのは
日本庭の魅力は例えば、敷かれている石や砂利のモジュールを
どんなサイズに突き詰めるかで庭のモジュールが
決められているのではないかということ
枯山水の空間と15個の石との間にあるモジュールとか
それをまた考えるいい機会になった

続きはまた書きます



9.09.2006

#006 やっと解放区

やっとお葬式が終わった
なにかとややこいことが多く、大変だった
病院で死なないと死亡診断書って書けないらしい
叔父の兄は病院じゃなかったから
警察は来るは解剖医は来るはで
他殺じゃないことは明白でも順を追うわけで
身動きがとれなくイライラの毎日でしたよ

院試が終わりその日のうちに旅へ
途中去年ボランティアで修復した長屋を訪れ感動した
自然と涙がでました
そこには人がちゃんと生活をしていて、大切に住まわれていた
でもおばぁちゃんは亡くなっていました
自分のおばぁちゃんを亡くしたみたくショック
晩年、自分が修復させてもらった三和土をいつも踏みしめ
お気に入りの場所だったらしいです
それを聞き、また熱くなるものがあった
また会いにいこう

あとNAOSHIMA STANDARD 2がもうすぐ始まりますが米つくってきました
旅も終盤で疲れてたんですが、気付けば畑三昧
なんだかんだモノ作ったり体動かすの好きです
ぶっちぎりで腰にきましたが、楽しかったです
雑草の生命力は凄まじいですね
根が畦を固めているのには苦労しました

9.07.2006

#005 死ということ

最近、叔父の兄が亡くなった
自分は1,2回しか面識がないのだが
毎年送られてくる年賀には手書きの絵が添えられていた
実に上手く、優しく、安らぐ絵だった

日常は得てして、がらりと変わる
両親の旅行計画はちょうど告別式とかぶり、あたふた
そんなに知らない親戚とのお面挨拶に、くたくた
雑務をこなす日々が積み重なり母が倒れ、はらはら
本当に雑務の日々が続きます
こんなにも身動きとれないとは

どうもこの国は死んでからのほうが忙しいようだ
なんだかなぁーっていつも、思う

最近「死」について考えるようになった
高校の同級生がクモ膜下出血で亡くなったり
元カノが子供を出産したり

そんなこんなで、落ち着いたら靖国神社に一度行こうと思う
恥ずかしながらちゃんと訪れた事が無い
なぜ小泉首相が頑として参拝にこだわったのか
なぜ合祀の形式をとったのか
最近の「死」について考えているなかで
それに自分なりの答えを出したいと思った