8.31.2006

#004 ニュージオメトリーの建築

遠藤秀平と藤本壮介の建築展を見た
どちらも気になる建築家で両者のセオリーは実に明瞭だ

遠藤秀平の「パラモダン」論
藤本壮介の「五線譜のない楽譜」論
直角という行いは只々偶然だったと気付く
ニュージオメトリーとはもしかしたら昔からあるもの
かもしれないと思った
ライトが有機的建築の創成に魅了されたように
いや、ガウディが最後まで自然との共生に勇住邁進したように
ニュージオメトリーはいつの時代にも密かに息吹いていた気がする
それは人間たる故だと思うのだ
「巣ではなく洞窟のような」

藤本壮介はこんな興味深いことも言っていた
「関係性としての庭、例えば慈照寺銀閣の庭
そこに目に見える構造はない。
しかし一歩々歩いて行くと庭を構成している木々。
そういった無限の要素が無限の関係性を持ちながら立ち現れる。
その場を規定しているのは大きな構造ではなく
局所的な関係性の網目だろう。
またそれはジャングルの幾何学かもしれない」

まさに会場のモックアップのK Houseは「ジャングル」幾何学だった
妹島和世の「梅林の家」とは違う局所的な関係性の幾何構成だ
梅林の家は実に巧妙にいわゆるジャングルを作って「みせた」家で
K Houseはジャングルそのものを作った家ではないかだろうか
ん〜こう考えて行くと日本の「庭」に見る幾何構成はおもしろい
このネタはまだ考えて行きたい



8.24.2006

#003 コンペ

あ〜早く、院試おわんないかなぁ・・・
なんだかんだで身動きとれませんですよ
研究室では「国際野外の表現展」に出品する竹フォリーを
創っていて、早く参加したい
でも今はやらなきゃ行けない事、目の前の「課題」をさ

そんなわけで院試勉強の合間に9坪コンペやってます
いや、院試勉強は孤独なんです
建築から完全に離れると体調が狂うんです
お題は「セカンドハウス」
団塊の世代が定年を迎え、第二の人生を歩むとき
家という存在は何を担うのか
うちの親父もあと1年足らずで定年だ
だからこのコンペは、両親の人生を考えることなんですよね
だから今モノすごく楽しい
締め切りまであと、2日
精度あげに邁進するのみです

8.23.2006

#002 城田 圭介展

それは1枚の写真が起因となっている
その写真の中の風景は確かに、存在し「ある」のだ
布置しているかのごとくカンパスに貼付けられたそれは、叙々に風景になる
確かに「ある」風景のまわりに、いわば虚像が描かれていく
そしてどこにも「ない」風景が誕生する

オートフォーカスで無作為に切り取られ記録されたその風景は
茫洋な記憶でしかない
その感覚が絶妙に、好きだ
この作品にであってから考えてみた
日々何気なくみている風景の断片はどんだけ覚えているんだろうか・・・
明瞭なものと曖昧なもの
なんか曖昧なもののほうにこそ隠れている何かがある
そんな気がしてきた




#001 伝えること

自分の想いを、伝える
自分の意見を、伝える
「伝える」ということ
最近すごく、気を遣います

最近、友人と建築の展覧会いってきた
その友人は建築関係じゃない人
友人は書いてある文が「呪文だ」という
「・・だろうな」と、俺
だめだよ、建築こんなんじゃ
なにもかも簡単にっていってんじゃない
建築はもっとわかりやすいものだ、と思う